みみずのたはこと 徳冨健次郎
九月十六日。大沼を立つ。駒が岳を半周して、森に下って、噴火湾の晴潮を飽かず汽車の窓から眺める。室蘭通いの小さな汽船が波にゆられて居る。汽車は駒が岳を背うしろにして、ずうと噴火湾に沿そうて走る。長万部近くなると、湾を隔へだてゝ白銅色の雲の様なものをむら/\と立てゝ居る山がある。有珠山です、と同室の紳士は教えた。
湾をはなれて山路にかゝり、黒松内で停車蕎麦を食う。蕎麦の風味が好い。蝦夷富士と心がけた蝦夷富士を、蘭越駅で仰ぐを得た。形容端正、絶頂まで樹木を纏うて、秀潤の黛色滴たるばかり。頻に登って見たくなった。車中知人O君の札幌農科大学に帰るに会った。夏期休暇に朝鮮漫遊して、今其帰途である。余市に来て、日本海の片影を見た。余市は北海道林檎の名産地。折からの夕日に、林檎畑は花の様な色彩を見せた。あまり美しいので、売子が持て来た網嚢入りのを二嚢買った。
O君は小樽で下り、余等は八時札幌に着いて、山形屋に泊った。
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